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2015.07.19

葬儀まで

 日本で人が死ぬと、形や規模はどうあれ葬式をしなければならない。

 家族が死ぬとその時点から葬儀が終わるまで、悲しみにくれる時間がないのではと思われるほど忙しい。斎場もしくは自宅など、葬儀する場に到着すると葬式の準備に入る。カタログを見ながら、どのくらいの予算でどんな形の葬式にするか、飾りをどうするのか、誰が来るか、香典をもらうのかもらわないのか、来てくれた人に何を渡すのか、通夜のあとの料理はどうするか、葬式のあとの料理はどうするか、などなど。死者そっちのけで、話し合う。シビアに金額の話題も出てくる。もちろんその中には葬儀を執り行ってくださる僧侶の方への謝礼も含まれている。でもこういう風に明朗会計なところっていいよね。

 長男の長男である夫は、本来なら地元の岡山県北部の田舎町で葬儀を執り行わなければならない。それを言われると覚悟したけれど、案外あっさりこっちでの葬儀が決まった。でも会社を辞めて2年ほどになるので、会社関係の人の出席は皆無。家族でこじんまりとした葬式になりそうな気配。だけど夫の実家の近所で暮らす、わたしが未だにあまり理解できていない親戚関係やらなにやらの人たちは来るようで、30名ほどが来てくださった。

 京都あたりの風習と夫の実家あたりの風習の違いから、葬儀社の人と舅姑の話がかみ合わないことも多々あり(しかもきちんと説明ができない)、その上わたしも実家の風習が今ひとつわからないこともあり、2時間以上かかってしまって終わったのは夜中近くだった。葬儀社の方には本当に申し訳なく思っている。舅姑はもっぱら誰が来るか、来る人あるいは来ないけれど香典を託してくる人は何人かということに集中していたので、世間様に恥ずかしくないくらいの豪華さ(ということを暗にほのめかす)姑の意向をくんだわたしが、他のすべてをうけおった。

 葬儀場を翌日の昼1時まで閉めるということなので、夫ひとり残しわたしたちは家に、舅姑は義弟の家に帰った。

 翌日は朝から夫に着せる着物やわたしの喪服などを出し、昼から迎えに来てくれた弟と市役所に行って死亡届を出して火葬許可証をもらい、手持ちのフォーマルが全部着れなくなってたので、新しいのを買いに行き、葬儀場についた。夫の遺影をどうするかを話し合いデータをわたし、来てくれた人に渡す品物が少ないのではと思い直した舅姑が数を増やしてくれと言い出したり、通夜のあとの食べ物が少ないと考えたわたしが料理を追加したり、納棺師さんが来てくれて夫に着物を着せてくれて棺に入れたり、あれやこれやしている間にあっという間に通夜となった。
 
 葬式ってなんなんだろう。本当に死者のためのものかな。舅姑の話し合いを見てると、生きている人の自己満足でやってるようにも思える。つらい気持ちもあるだろうけど、舅姑が夫のそばにいるのをついぞ見なかった。わたしに遠慮して、わたしのいない時に別れの挨拶をしたのか? もっと一緒にいたがるのかと思ったんだけど。

 倒れる前はべったりとくっつき、あれこれ説教をたれ、鬱を患っていたときには言ってほしくない余計なことを言いまくって世話を焼こうとしていた姑が、夫に話しかけることもなく誰が何人田舎から来るのかばかりを気にしているのを見てると、なんだかなぁ。

 姑は夫が亡くなった時もっと号泣しなんで死んだのかと泣きわめき、葬儀場でひとりで残しておくのはかわいそうだから残ると言い張り、棺に入ってからもじっとそばにくっついて通夜の夜中ずっと話しかけるのかと想像してたんだけど。悲しいから? それともわたしよりもずっと早く、まだ死ぬなんて主治医でさえ考えてなかった時から覚悟してたの? それともやらなきゃいけないことに心をとらわれてる? それとも……・。

 覚悟を決めてたか、やらなきゃいけないことに心とらわれているのだと信じたいな。

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