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2015.07.22

葬式の段取り

 ダンナが亡くなり、義弟が来たのは8時過ぎ。夜の9時頃に葬儀場についた。

 9時30分くらいから葬儀の段取り。だいたい1時間から1時間半くらいかかるとか。とにかく姑は豪華すぎず、それでいて貧乏くさくないというのが要望。語弊があるかもしれないがわたしは葬式の形はどうでもいいと思ってるので、この場はすべておまかせすることに。

 舅と姑は仏教式ではなく、なぜかフリースタイルを選んだ。どうやら最初のページにしか目が行かず、次のページの仏教式に気がつかなかったようだ。フリースタイルって現代っぽくてすっごくきれい。でもなんとなくキリスト教っぽい気もするけど、まあいいか。
 
 お棺に入れるのは納棺師にするのか、葬儀場の職員にするのか、その前に湯灌(祖母の時に訳もわからずにしてもらったけど、遺体をお風呂に入れてきれいにする、すっごくきれいになって、祖母の死に顔はとてもきれいだったが、お金もそれなりにかかる)をするか。ということで、そんなことを聞いたことのない舅たちはきょとん。わたしは映画『おくりびと』を見て、納棺師がおくりびとという名にふさわしい素晴らしい仕事をする人だと思っていたので、迷わず納棺師さんを呼んでもらった(もちろんそれなりにお金はいるが、わたしがお金を払うわけではないし、姑はりっぱな葬式にしたいらしいし)。

 最後の服をどうするか。何を着せるか。え、それってでもふつう白装束じゃなくていいの? 父の時はどうだったけか……記憶をたどっても思い出せない。でも白装束以外にも普通の着物があって。その時に結婚するときに作った大島を思い出し、それを着せてもらうことにした。

 あとは通夜の席の食べ物、来た人に渡す商品、お葬式のあとというか初七日の後の食事と来た人にわたす商品。人数のことで姑と舅がもめだしたので、商品はわたしが勝手に決めさせてもらった。その後、姑と舅が地元にある風習を出してきて、その商品がないのか聞いてきた。京都にはない風習なので、そういう商品はない。それでも姑がくいさがるのだがどうにもならない。わたしもよくわからないので、葬儀屋さんに説明できない。この話にかなり時間を取られ23時になろうとしていた。終電に間に合あうよう、ここで舅姑義弟は帰っていった。

 結局、最後の細かいことはわたしが決めることになって、結局家に帰ったのは12時過ぎだった。葬儀会館は翌日13時まで閉鎖とのこと。

 ダンナはそれまでひとりぼっち。寂しがり屋で、いつも夜になると「一緒に寝よ」って言ってたので、今年に入ってからは夫の介護ベッドの横にマットを敷いて、狭くて布団がちゃんとひけないから、寝袋で寝てたんだよなぁ。病院みたいに看護師さんが見に来ることもないし。ひとりぼっちで大丈夫かなぁ。でも決まりだからしょうがないか。

 でも姑があっさり帰って行ったのにはびっくり。

 見舞いに来るたびに、ダンナにべったりはりついてあれやこれやと説教し、いやがるダンナの手や足を無理矢理動かそうとし、帰る時間になってもなかなか離れようとしなかったのに。なんだろう、この違いは。

 つらいんだろうか。つらいから顔を見たくないとは通夜の時によく言ってたけど。まあ、最愛の長男が死んだのだからしょうがないとは思うんだけど。

 

 

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