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2015.08.29

四十九日

 最近は三十五日であけちゃうことが多い中、我が家は通常通り四十九日きっかりに法要を行った。

 お盆やらお寺の関係だろうけど、わたしには事後承諾ってのはどうなんだろう。まあ、今回は夫の実家でやったことだし、わたしがお金を出すわけじゃないから別にいいけど。いや、やっぱり一応わたしの都合も聞くのが当然だと思うんだけど。なんか間違ってるのかな。どうもしっくりこないんだけど。

 夫が倒れてから行ってなかったから二年半ぶりの夫の実家。やっぱり生きている間に一度はつれて帰ってあげたかった。五月の連休に帰らせてあげたかった。あの頃ならまだ全然大丈夫だったし。

 家はだいぶ変わってた。土間に床を張っただけだった台所は、きっちりかさ上げをしてしっかりとした床になっていた。そして家自体もすっきりきれいに。庭の木々もきれいに刈られてるし、もろもろ。あんなに嫌がっていたエアコンもついてる。

 法要をするためにお骨やらなんやらを置く台にかける布、お供え物を置く食器が新調されている。どんだけ気合いが入っているのか。そして姑のテンションがやたら高い。気が張ってるのだろうか。頑張って元気を出してるんだろうか。それだと後が心配。
 黒いわたしは別のことを考える。これで自分の好きなように夫の世話を焼ける……誰にも(特にわたしに)邪魔されずに。だから嬉々としてやってるとか。

 台風の次の日なんだから葉っぱが庭に落ちまくってるのは当たり前なのに、姑は「誰に見せるわけじゃないけど」という言葉を繰り返しながら(ということはみんなに見せたいんだよね、と黒いわたし)掃除を続ける。

 最愛の長男が亡くなったのだから、もうちょっとがっくりきててもいいような気がするんだけど、これって都会の人間の考え方? 地方だと親戚やら隣組やらが来るからぴっかぴかに家を磨いて「わたしはこれだけやってます」アピールをするんだろうか。四十九日が終わったらがっくりくるのかな。でももう来月にはお彼岸なんだよね。だからそれまでまた頑張るかも。その後がっくりくる? でも次は一周忌とか思って頑張るのかも。

 わたしなんて、元気が出たり出なかったりしてる。誰になんて言われてもいいからぴかぴかに家を磨く気にはなれない。わたしは地方には住めない。無理。でも近所の人たちは、わたしに何かを期待してる。でも無理。わたしにはわたしの親がいる。

 当日は晴れた。とてもいい天気だった。そういえば夫は晴れ男だったっけ。死んでもその力を発揮したようだ。お墓に納骨。感慨とかはない。グリーフペンダントに夫の遺灰を入れて身につけてるからいつも一緒だし、京都に帰れば分骨した骨もあるし。

 位牌はとても立派だった。やっぱりこんなものを拝む気にはなれない。これは夫じゃない。これが死んだ人の代わりですっておかしい。写真に向かっていろいろ話しかけるほうがしっくりくる。拝むとしても写真とかお骨とかのほうが自然な気がする。昔からそうだったんだからって言われたら、口答えできないけど。

 とりあえず四十九日は終わった。わたしとしてはこれで一区切り。お彼岸に帰る気はさらさらないけど、弟家族が帰るならついて行かなきゃだめなんだろうな。

 


 

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